吃音はふざけて真似するとうつる?ひきにくの吃音人生(小学生編)

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乞音症
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ひきにく
ひきにく

どうもひきにくです。
今回は吃音持ちである僕の小学生時代を振り返っていこうと思います。

吃音ってなに?と思った方は是非こちらを読んでください。

誰よりも目立ちたがり屋だった

今の自分からは考えられないほど活発で元気一杯の男の子でした。

とにかく笑いに貪欲で自分が喋ることで、友達が笑ってくれることが何よりも好きでした。

どうしてどもりながらも一生懸命笑いを求めたのかというと、僕はいつだって寂しかったんです。

  • 寂しさの理由は母子家庭にあったと思います。

6歳で両親が離婚してからは、母親の帰宅時間が9時を超えることもあり、とても寂しい想いをしていました。

当時の僕は

  • 笑わせる能力がある人=誰からも愛される

という考えを持っていました。

例外なく笑っている間は人はみな幸せですもんね。

なので授業中も笑いを求め常に発言し、学年一のお調子者だったかもしれません。

「俺の人生!俺が主人公!周りの人間に自我はない!!!」

僕は自分のためのだけの世界だと本気で思っていました。

それ故に怖いもの知らずで生意気なクソガキだったと思います。

このころの僕からしたら、今の自分は一言話すだけでおどおどして、なんて頼りない大人なんだと思うでしょうね。

あの当時の自信を持つことこそが今の自分にとって最も必要なことなのかもしれません。

小学生の僕は「吃音」が病気であることを知らず、成長すれば治るものだと考えていました。

だからどもって満足に話せない時も、もどかしさはあったが恥ずかしさはあまりありませんでした。

  • 学校1の目立ちたがり屋だった
  • 6歳で両親が離婚して常に寂しかった
  • 笑わせる能力がある=愛されると思っていた
  • 吃って話せない時は、もどかしさはあっても恥ずかしさはなかった

友達に真似され、うつり友達は一時的に吃音に

怖いもの知らずひきにく少年でしたが、どもっているところを馬鹿にされ真似されることも多くありました。

ある日ひきにく少年は友達と遊んでました。

自転車に乗りたかったので「自転車に乗ろう」と言いたかったんですが「じっ、じっ、じっ自転車!!!に乗ろう」と言ってしまい撃沈。(これは連発症状です。)

そんな僕のリズミカル自転車が気に入ったのか友達は「じっ、じっ、じっ、自転車!!!」、「じっ、じっ、じっ、自転車!!!」と繰り返し唱えました。

次の日の学校で会ってからも彼は「じっ、じっ、じっ、自転車!!!」、「じっ、じっ、じっ、自転車!!!」と言い続けしまいには、自転車のみならずこの世の全てのものをリズミカル変格活用を用いて話すようになりました。

「ひっ、ひっ、ひきにく。きっ、きっ、今日何して遊ぶ?」「さっ、さっ、さっ、サッカーしよう!」とこんな風にリズミカルに話しやがるわけです。

こんな日が二週間続いたある日彼は、「ひっ、ひっ、ひきにく。」と真剣な面持ちで言うのです。

「ふざけてひきにくのまっ、真似してたら普通に話せなくなった」と。

もちろんそんなことを相談されても僕にはどうしようもありません。

  • なぜなら僕が学年一のリズミカル変格活用の達人なのですから。

それから彼は3か月はどもってうまく話せていなかったです。

現在では治ったみたいですが…

こういった例はネット上でもちらほら見かけます。

これを見たあなたは自分の為にも絶対に真似してはいけませんよ!!!

  • 吃音は真似すると本当にうつる。

そう考えるとおにぎり(田舎の大将)をテレビで流すのは良くないと思うんだけど…

僕の心情は書いていませんでしたが、当時僕は友達に真似されることに対して何の怒り恥ずかしさもありませんでした。

後で先生に真似されて号泣するんですが…

授業中に先生に真似されて号泣

そんなひきにくも真似されてひどく傷ついたことがあります。

ひきにくは小学校時点ではそこそこ勉強できたので、授業中は積極的に挙手をして発言していました。

ある日の社会の授業で都道府県の形から名称を当てる問題に、挙手をし当てられたは良いけど中々初めの一文字が出ませんでした。

「(大阪府!大阪府だって!)………おっ!おっ!おっ!大阪!!!」とやっとの思いで喉の奥から絞り出した僕にとっては我が子のような大事な大事な「大阪府」

先生はふふっと笑って「おっ、おっ、おっ、大阪府」ですね正解ですと言ったのです。

自分にとっての一生懸命を教師という正しさの塊に全否定されたような気がして、それがとてもとても悲しくて悔しくて大泣きしてしまいました。

子供の一生懸命をバカにするんじゃないよ!

泣き出した僕を見て焦ったのか「ごめんね」と謝ってくれましたが、僕が泣いた本当の理由は知る由もないでしょう。

まあその5分後にはケロッとしていたのですが(笑)

まとめ

ここまで書いたように泣いたりもしましたが、基本的に僕は何にも臆することなく自信満々な少年でした。

基本的にどもることへの恥ずかしさを微塵も持っておらず、人前に出るのが大好きな少年でした。

今こうして小学生時代を振り返ってみると、ひきにく少年から得るものも多いなとしんみり感じます。(自信を持て自分!!!)

とまあ、小学生までは順調なひきにくでした。

  • 吃音は己の自信のなさから症状が出るのでは?

しかし成長することは時に残酷なことで、嫌でも普通という感覚が身についてくるんです。

そんな普通という感覚とどう接していくのか…。

次回ひきにくの吃音人生(中学生編)ですお楽しみに!

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