初対面の人に話しかけられずネガティヴ人間へ。ひきにくの吃音人生(高校生編)

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乞音症
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どうもひきにくです!

吃音症という発達障害を抱えながら24歳になるまで生きてきた訳ですが、今回は僕の考え方・性格が一気にネガティヴになった高校生活の話をしようと思います。

完全な自分語りです。すみません。

小学生編と中学生編も書いていますので、吃音症への考え方、向き合い方がどのように変わっていくかを感じていただければ幸いです。

そもそも吃音症って何?と疑問を抱いた方はこちらをどうぞ。

 

短いので2分もあれば読めると思います。

日常編

友達ができるまで二ヶ月がかかる

高校に入学し、初めにぶち当たった壁は友達ができないことでした。

中学の時は小学校の全員が同じ中学に進学しました。

なので…友達の友達から友達ができて、友達作りに苦労はしませんでしたし、友達が多い方だったので「友達がいないよ…」と悩んだこともありませんでした。

友達友達うるさくてごめんなさい。

しかし高校は同じ中学からの進学した生徒が数人しかおらず、その子達とは特に仲良くもなかったので、知り合いがいない状態で高校生活が始まりました。

そこで普通なら、横の席の子に話しかけて「君どこの中学^^?」「俺ひきにくっていうんだ、よろしくな☆」という感じで友達を作っていくと思うんですが…

僕は吃ったらどうしようという恐怖から二ヶ月の間、自分から人に話しかけられませんでした。

僕自身、高校に入学して初めて気が付いたんですが、極度の人見知りだったみたいです。

友達ができず死んだ顔をしていたので、話しかけられることもなくそのまま二ヶ月が経ってしまいました…

実はこのままではまずいと感じ入学して二週間が経った頃一度だけ勇気を振り絞り、横の席の子に話しかました。

ひきにく「どっ、どこの高校?」

横の子「第一中…」

ひきにく「そそそうなんだ…、おっおおれー隣にある第一中や!」

横の子「そうなんや…」

ひきにく・横の子「…」

全てを諦めました、、、

6月の遠足がきっかけで友達ができるんですが、自分はこんなにコミュニケーション能力の低い人間なのかと絶望しました。

仲良くしたいと思う人を見つけても話しかけられない自分って一体何?

二ヶ月間誰にも話しかけられない自分って一体何?

そんな自分を否定する考えが頭から離れず、これがネガティヴの始まりでした。

心の壁を作り始める

地獄の二ヶ月を耐え、友達もでき、それなりに笑いをとることもできるようになりましたが、心の底から楽しめていないなと思う瞬間が多くなりました。

それは年頃だったことも、高校のノリが中学とは違うことも関係していますが、一番の問題は自分自身にありました。

その問題とは自分を偽って友達と接することにありました。

どういうことかというと、吃音症であるという自分の一面を隠しながら友達と付き合い続けることで「本当の自分はこうじゃないのに…」とか「吃音だって告白したら重いかな?どう思われるかな?」「そもそも吃音なんてしらないよな…」といった考えが常に頭をよぎり、ありのままの自分をさらけ出せなくなってしまいました。

そのような考えで人付き合いをしているうちに、誰に対しても心の壁を隔てて接するようになりました

実は自分が吃音症であるという弱み?真の姿?を告白するまでは腹を割って話せなくなってしまいました。

ちなみに高校の友人は未だに常に「何話そう…気まずいな」と常に考えながら接しています。

それくらい内向的になり、人と関わることを前向きに捉えられなくなりました。

勉強もできずよりネガティヴに

中学の時はそれなりに優秀で、県内の進学校を目指しなんとか合格するも、待っていたのは難しすぎる勉強、勉強・勉強に次ぐ勉強でした。

やればできる。自分はそこそこ優秀だと本気で思っていたので、真面目に課題をこなしテスト勉強をするもよくて60点、クラスで30位前後しかとれない現実は辛すぎました。

おまけに帰宅部ですよ?

人より早く家に帰って遊ぶわけでもなく真面目に一定期間勉強したこともありますが、30位です。

この受け入れがたい現実が更に僕をネガティヴな人間へと変えていくことになります。

自分から人に話しかけられない、友達ができても自分を偽り心の底から楽しめない、真面目に勉強しても30位、正直高校生活は何一つ上手くいきませんでした

中学の頃は吃音を抱えながらも積極的に人に絡み、勉強・スポーツ何につけても根底には「やればできる」というポジティヴシンキングがありました。

しかし本当に何も上手くいかないのでネガティヴに拍車がかかり、性格の悪い卑屈人間になってしまいました。

今でも何かを始める時や、少しでも上手くいかないことがあると「どうせ俺なんて…」と投げやりになってしまうようになりました。

いつの間にか「やればできる子」が「本気でやってもできない子」に…現実は厳しかった…。

次は恋愛編です!

恋愛編

片想いから進まない、進められない

高校生活の醍醐味と言えば恋愛ですよね、僕もがっつり恋していました。

しかし恋愛と吃音はマジで相性が悪いです。

他クラスの子に一目惚れをするんですが、共通の友達もおらず、なんとかして関わりを持ちたいと考えていました。

毎日下校の時間に友達と待ち伏せをして好きな子にメールアドレスを渡そうと奮闘するも、恋の緊張と、上手く話せなかったら?という吃音の恐怖が同時に襲ってきて、メールアドレスを書いた紙を渡すだけで二ヶ月かかりました。

なんだよ!渡せたならよかったじゃんと思うかもしれませんが、そこから関係を深めるのが僕にとっては至難の業でした。

なぜなら…関係を深めるには会話をしなくてはいけません

男にすら吃音の恐怖からまともに話しかけられない僕が、好きな相手に話しかけれると思いますか!?!?(半ギレ)

普通に無理ですよね…

なのでメールではボケをまじえたチャーミングでファニーなやりとりをするも学校ではすれ違っても会話どころか挨拶もできないという始末…

結局メールが返ってこなくなったのをきっかけに片想いは敗れました諦めました泣きました…

吃音症の一番の敵は緊張です…緊張すればするほど吃りやすくなります。

恋をしてしまったらもう裸の大将です。「ぼ、ぼくは、きっ、きみが、好きなんだな!

とてもこんな様子じゃ内面を見て好きになってもらうのは厳しいです。

当時好きだったあの子は僕になにを思っていたんだろうか…気になりますね…

吃音と恋愛の愛称は最悪です、アメリカと中国です。

そこそこモテるも誰とも付き合わない、付き合えない

三年間女子とはほとんど会話をしなかった僕ですが、話さない割にそこそこモテました。

寡黙な感じが良かったんでしょうか…

色んな女子にアドレスを聞かれ、下駄箱にチョコレートが入っていたり、ファンクラブがあったりしたのですが、誰とも付き合いませんでした。

というよりも付き合えませんでした。

もったいないような気もしますが「外見で好きになったってこと?それなら今が100点で吃りまくりの本当の自分の姿を見せると振られてしまうな」と当時は考えていました。

今思うと吃音の恐怖もありますが、気になる相手に好かれなかったことと単純に女子と二人で間を持たせるのが怖かったからな気がします。

まとめ

自分の能力の低さに打ちのめされどんどん卑屈になっていった高校生活でした。

自分は何をやってもダメ、誰とも打ち解けられないそんなネガティヴな考えは未だに僕の心の奥底にこびりついていまして、なんならこっちが本体なのでは?と最近では思います。

何も上手くいかない高校生活でしたが、一番の痛手だったのは、人に対して自然と壁を作ってしまうことです。

未だに壁を作ってしまうので、まず人を疑うところから入り、相手に好意があるとわかっても「本当の自分(吃音症であること)を知らないくせに俺のなにがいいの?どこが好きで話しかけてくるの?」と斜に構えてしまって、友達ができません。

話さないと知るわけないですし、ただただ性格悪いだけですよね…

結果的に自分が損しているってことはわかるんですけど、もうこの心の壁は自分でも取り壊せないみたいで、めちゃくちゃ悩んでいます

もっと自分に、自分の気持ちに正直になれたら…とは思うんですが、どうにもできません。

壁を作っているせいで高校以降の人生が台無しになっている感じがします。

自然体で生きていたいのにね、苦しいです。

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